江端のだんぢり だんぢりの主要諸元
北河内型(讃良型さんらがた)
製作年大正期
平成12年改修
(大東市寺田工務店)
内幅1、415m
全高4、5m
台長3、58m
台幅2、165m
江端のだんぢり

主な彫り物(服部清七)
大屋根獅噛み
大屋根獅噛み
大屋根拝懸魚
大屋根拝懸魚(朱雀)
木鼻
木鼻
車板・後
車板・後
車板・左前
車板・左前

車板・左後
車板・右前
車板・右前
車板・右後
車板・右後
花台 花台

だんじりの曳航コース

江端地車の曳航するコース図

江端地車の歴史

四宮村には上島頭、上馬伏、下馬伏、岸和田に神社があります。
明治時代、四宮村の下馬伏菅原神社には下馬伏集落の地車のみがありました。
下馬伏のだんぢりは岸和田集落と同様 横幅、長さ、高さのどれ一つとっても北河内で随一とも言えるような大型だったそうです。
江端は当時27軒程の小さな集落で下馬伏に巨大なだんぢりがあるのが羨ましくて羨ましくて・・・
そこで大正当時の青年団?いや江端の者全員でだんぢりをこしらえたと聞き及んでおります。
秋祭には神社にだんぢりを2台並べますので江端では高さだけを同じにしました。
高さは同じでしたが長さ、幅と一回り小さかったのです。
その後、その2台は昭和34、5年頃まで曳かれていました。
その後、だんぢりブームが去り十数年放置された結果 底回りは腐りコマは崩れ動かせる状態ではありませんでした。
私はその当時小学生〜大学生でありました。(ううっ 昭和30年生れ ^^;)
私が小学生の頃、私達は異様な雰囲気のだんぢり小屋を肝試しの場所として中に入ってよく遊んでいました。
下馬伏のだんぢりでも老朽化が進み引き手もいないので下馬伏の青年団はそのだんぢりを焼却されました。
そんな事で江端の青年団も協議の上、廃墟しようとされたそうです。
焼却しようとして重機を使って広場に出したその時 江端の長老達が出てきてこう言ったのです。

長老 「お前らこのだんぢりをどうするつもりや。」
団員 「使わないし使えないので焼いてしまおうと思っています。」
長老 「このだんぢりは江端のもん全員がお寺に(?)集まり藁草履を編んで何年もかかって買うたもんやねん。」
長老 「思い出も一杯詰まってるんや。」
長老 「村で100万円集めるから、なんとか引ける様にして残しといてくれへんか。」
団員 「それでしたら宜しくお願いします。」

  と年寄りの願いでだんぢりは残りました。


難を逃れた地車と当時の年寄り
保存に向けて記念写真。 良く見ると足回りがガタガタです。


すぐに100万円は集まりました。(こんな事だけは団結力が強い(^_^;))
その2〜3年後(昭和48年)腐っている部分を削除し高さを低くして又、曳きだすようになりました。
それでも当時は曳く者が居らず消防団が仕切り曳航しておりました。
その後、消防団では壊れたりした時など資金が無いので直すことが出来ません。
そこで江端氏子会を結成し今後のだんぢりに関する事は氏子会に任し、消防団はお手伝いをする事になりました。
平成12年、大東市の寺田工務店で改修。現在の姿(以前の姿似)に戻りました。
初め不評だっただんぢりのコマ(鉄製ローラー)も今になっては良かったかな?と思っています。
木製のコマは片減りがひどくどんどん右に寄り、又楕円形で少しスピードを上げるとドン、ドン、ドンとコマの音がしました。
江端のコマは前と後ろの2つゴマなので余りアスファルト向きではありません。
昔は神社までの道も悪くぬかるんでいた為4つコマではすぐに足を取られてしまいます。
4つコマもいいなあ・・とも思うのですが現在では江端のだんぢりだけ?なので伝統は変えたくありません。
by 管理者

太鼓の歴史

当村の太鼓は幅、約1メートル 直径72センチ(2尺4寸)です。
昭和35年に皮の張替えをしております。
しかし太鼓の表面はささくれが目立ってきております。
皮の張りも緩んできて張替えは時間の問題です。
2010年2月15日 噂で太鼓が破れているという情報がもたらされました。
3月に第二京阪道開通にあたってだんぢり曳航します。
幸い雨により第二京阪道のだんぢりの曳航は中止となりました。
修理するに当たって何処に頼むかです。
本来、大阪の太鼓正ですれば良いのですが色々備品を購入した為、予算がありません。
岸和田の太鼓も4年程前に修理したことがあるらしいので情報を聞きに行きました。
岸和田では八尾の太鼓正の下請けである「」でしてもらったそうです。
両方に問い合わせると太鼓正では張替え代金だけで50万円程度かかるということでした。
インターネットで調べると丹波篠山で張替え代金30万円程度で済むという「風雅」という所に行き当たりました。
総代で協議したところここは安価な「風雅」でと決まりました。
2010年8月18日 太鼓の修理に出しました。
修理の為「風雅」さんへ太鼓を持っていきました。
当村の太鼓は幅、約1メートル 直径72センチ(2尺4寸)です。

以下が修理風景です。
太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理  太鼓修理