玉手山遊園地閉園

レトロ風情惜しまれ幕 テーマパークに押され入場者減少

 西日本で最も古く、日本でも二番目に古い遊園地とされる大阪府柏原市の「近鉄玉手山遊園地」が、五月いっぱいで閉園することになり、九十年の歴史に幕を閉じる。交通が比較的不便なうえ、近年のテーマパークブームなどに押され、入場人員が減少したのが主な理由。閉園後、乗り物などが撤去され、平成十一年春からは市営の公園として再出発する予定だが、関係者や市民からは、風情ある「しにせ遊園地」の閉園を惜しんでいる。

90年の歴史5月で閉園
 同遊園地は、明治四十一年八月のオープンで敷地面積は約4.5ヘクタール。園内や周辺は、四世紀半ばから末ごろの「玉手山古墳群」や、豊臣氏の滅亡につながる元和元年(一六一五年)の「大坂夏の陣」の激戦地などの史跡にも恵まれ、公園的な要素を兼ね備えた遊園地として地元市民らに親しまれてきた。
 ところが、昭和五十年代をピークに客足が徐々に減少。昭和五十五年六月からの翌年五月までの一年間で約十七万人にのぼった入場者数は、一昨年六月からの一年間には、四割強の約七万三千人に落ち込んだ。
 最寄りの近鉄大阪線国分駅と南大阪線道明寺駅からともに徒歩で約十五分かかる上、大規模駐車場を持たず交通の便が悪い、各地にテーマパークなど大型施設ができる中で、特色が理解されにくくなった、ことなどが原因となった。
 柏原市は史跡が多い立地条件を重視。観覧車などの遊具を撤去し、平成十一年春から約3.5ヘクタールを市営公園として開放する予定。しかし、市民からは、レトロ調の遊園地の終わりを惜しむ声があがっている。
 長女(二つ)と訪れた大阪市阿倍野区の会社員、高瀬宏さん(三〇)は「ほかの遊園地にはない、小さい子供でも乗れる遊具があるのでこれまで数回来ていた。乗り物も安く、平日には貸し切り気分が味わえていい遊園地だったのに。」
 奈良県桜井市から家族四人で来た会社員、瀬川克也さん(二九)は「小学校に通っていたころから来ていたし思い出多い場所なので残してほしかった」と残年そうな表情を見せる。
 同遊園地を管理する近鉄興業・遊園事業部の次長で、かつて同遊園地の支配人も務めた船津新さん(四九)は「車社会に対応できなかったことなどが大きいが、地元のお年寄りが孫を連れて公園がわりに利用するなど、独特のよさがあっただけに残念」と話していた。

(産経新聞 平成10年3月7日夕刊より)



怖れていた事が、とうとう現実になってしまいました。
当ホームページ「とぼとぼ散歩」でも取りあげている「玉手山遊園地」が非常に残念な事に、今年五月で閉園になる事が決まりました。
 たとえ、しょっちゅう訪れる事はなくても、その場所が確かに存在しているというだけで、なんかホッとできる場所。私にとって「玉手山遊園地」というのはそういう存在でした。そういったものがこの世の中からなくなってしまうのというのは、やはり寂しいものです。あの古ぼけた小さな観覧車が解体されるところなど、想像するだけで胸が痛みます。
 早速、今度の休みにでも訪れてみようかと思います。そして、私の記憶のフィルムに最後の姿を焼きつけておきたいと思います。

1998年3月8日 管理人



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