back
イギリス編 旅行編 留学編 投稿編 Index

 ヨーロッパから訪れた国々、異国文化の中をさ迷うような旅の風が届くかな?

海 外 生 活( 旅行編)
新着Bath Part2

 
管理人の海外旅行でのお話あれこれ、日本からのツァーとは一味違った旅行のお話です。
 

INDEX

 

エジプト編

路上のプロポーズPart1Part2   ルクソールにてPart1Part2
 

モロッコ編

国境の港アルヘシラス メジナで迷子? 夕食はフレンチ?!
 

アイスランド編

レイキャヴィーク ブルーラグーン  
 
市民プール アイスランド中華  
 

イギリス編

British Railの旅Part1Part2   Land's End
 
コッツウォルズ   リーズ城(Leeds Castle)
 
Bath Part1Part2  

 


 

 

 

路上のプロポーズ・・ Part1 

  エジプトといえばピラミッド、やっぱり一度は見てみたい。と、友人と二人で旅
  行に行った時のこと。イギリスからの旅行はツァーもありますが、ほとんどが
  ホテルと航空券のみの手配。旅を計画するにあたり自分で行動するのは
  基本中の基本。そこで、まずホテルからタクシーでカイロの駅近くまで行き、
  ブラブラ・・。近くにツタンカーメンのミイラのある美術館があるということ
  で、捜しておりました。と、そこへ、お兄さん登場、「どこからきたの?」
  「どこへ行くの?」等など、片言の英語で話し掛けてきます。こんな時は適当
  に無視するのが一番。と二人とも日本語オンリーで話ながら大きな交差点の所
  で信号待ち。信号の向こうは美術館、あそこへ入ってしまえば安心と思ってお
  りました。思いのほか長い信号で、その間彼は一人で自己紹介を始めてし
  まい、どうやら、近くでお土産のお店に勤めていて日本人も良く来るので来て
  欲しいと言っているよう・・。独身で、自分は良く働くし、正直でまじめだとか・・。
  私と友人は、「これはお土産でも売りたいのかな?」と、警戒体制。
  この手の人につかまるととんでもなく高価なものを買わされそう・。
  信号が変わるとすぐに走るようにして美術館へ飛びこみました。美術館の入り
  口の雑踏の中、彼の声も聞こえなくなり、入場券を購入して中に入って二人で
  ニッコリ、彼の姿は見えなくなっていました。いつもそうなのですが、美術館
  などに入るとお互い興味の対象が違うこともあり、待ち合わせ時間と場所を決
  めて解散し、自由に見学するというのが私達のパターン。そこで、お互いの時
  計を確認して解散、ゆっくりと館内を徘徊しはじめました。
  そこは、古代の世界、タイムスリップしたような心地でガラス越しの装飾品を
  見ていた時、何か視線を感じたように想いフッと顔を上げるとそこにはなんと、
  さっきのお土産屋さんとおぼしきお兄さんの姿が!!
                                      to be continue

                                         2000/1/6

 
 

 

 

 

 

 

路上のプロポーズ・・ Part2 

   ガラス越しにニッコリ笑う彼と目が合った瞬間、
  「ヒエェェェ〜〜!!」って叫び出してしまうところでした。
  ミイラの妖気よりも、もっと怖いような気がして、慌てて友人を捜し、
  逃亡を企てましたが、敵もさるもの、どこまでもついてきます。ここにいて話
  し掛けられても困るし、外は丁度お昼時、取りあえず人も多いことだし身
  体に危険はないだろうと、美術館を出て、さっき見つけておいた日本食の
  レストランへ行くことにしました。
   けれど、こんな時に間の悪いもので、タクシーは捕まらないし、又もや赤
  信号。こわごわ立ち止まる私達に彼はにこやかに話し掛けます。
  「兄弟は5人、妹と弟と兄、お母さんはやさしくて・・、僕の店のパピルス
  は本物で・・」 当時あまり英語が得意ではなかった私に代わり、友人がつ
  いに口を開きました。
   「私達は貴方のお店でお土産を買うつもりはありません、これ以上・」
  みなまでいい終わる前にお兄さん曰く、
  「ノー!ノー!お土産ではなく私は貴方が好きです!」
   「・・・??!!」一瞬の間のあと、よりいっそう怖くなった私達は信号が
  かわるのも待ちきれず、交差点を走りはじめました。でも・・、所詮は男性
  と女性勝てるはずもなく間もなく追いついた彼は、息も切らさず一言。
  「結婚して下さい!!」
   今度こそ、私達が全力で駆け出したのは言うまでもないことです。
   やっとの思いでレストランにたどり着き、席について落ちつくと、おかしく
  て、おかしくて、二人で大笑いしました。
  それにしても、信号から、レストランの扉をくぐるまで、
  何度「愛している!」と「結婚しよう!!」を叫ばれたことでしょう???
   後日、人に聞いた話では、エジプトでは、結婚する際に花婿から、花嫁の家
  にかなりの金額の贈り物をすると言う決まりがあり、貧しい階級の人は結婚
  できない人が多いのだとか、で、習慣の違う外国人なら、その必要はないの
  で外国人と結婚したいと思う男性が少なくないとか・・。
  その上外国人の中でも、日本人が一番その手のお誘いに乗ってくれやすいと
  言う噂があるのだそうです。おまけに、エジプトでは多少??ふっくらした
  女性がお金持ちで美人なのだとか・・。
   お国が違えば事情も様々、価値観も様々のようです。

                                         2000/01/13

 
 

 

 

 

 

ルクソールにて・・ Part1 

     前回のPart1,2ではカイロでのお話でしたが、今回は何年か前に
   テロ事件のあった、ルクソールでのお話。ルクソールと言えば、偉大なる
   川をはさんで向こう側は死者の谷と呼ばれる、沢山のミイラの発掘されて
   いる場所、有名なツタンカーメンのお墓もそこにあります。
   川には橋はなく、大きな船が人や、自転車、駱駝などを乗せて行き来して
   います。その中には、クルーズを楽しみながらの観光客を乗せた豪華船も
   あり、私達のように、死者の谷への観光客を運ぶ船もあります。
   前日に船を利用した時には解らなかったのですが、その船はどうやら観光
   客専用だったようで、さほど混み合ってもおらず、ゆっくりと水面を楽し
   みながら乗せてもらったのですが、翌朝早くにホテルからお散歩に出た折
   行き来する船をみてびっくり!それこそ、沈むのではないかと思うほどの
   人です。デッキはあふれんばかりの人、船着場に着いた船からは、信じら
   れないほどの人数が降りてきます。朝まだ早い川では、顔を洗う人が船の
   すぐそばにいますし、船を下りてすぐに、荷開きをして商売を始める人、
   露天に並んだ物で食事をする人、その人達目当てに飲み物を売り歩く子供
   達等、大変な賑わいです々。川岸は昨日とは全く別の顔を見せていました。
   ボーっとしていたら、例のごとく物乞いの子供達にたちまち取り囲まれて
   しまい私達は早々にホテルへ帰ってきました。
   (物乞いの子供達と書きましたが、イスラムのお国では、持っている人が
   持たない人に施しをするのは当たり前のこと。物乞いは決して恥ずべき行
   為では無いそうですので念の為・・・)
   観光用の船に乗り、ミネラルウォーターを持ち歩き、暑い日中はホテルの
   プールで過ごす観光客。私達はいったい何を見て帰って行くのかとふと
   思い当たった出来事でした。

                                      to be continue

                                         2000/08/22

 
 

 

 

 

 

 

ルクソールにて・・ Part2 

     前回、日中はホテルのプールと書きましたが、そのプールのお話。
   プールはもちろん普通のホテルのプールなのですが、私も友人も観光目的
   泳ぐことなど考えてもいませんでした。いざルクソールヘ到着してみると
   昼間の暑さは並大抵ではありませんでした。40℃以上の暑さの中で見る
   プールの水はとっても魅力的。その上、当日の予定は午前中に済ませて
   あとは、夕暮れになってから、出かける予定でしたので、ぽっかり空いた
   時間に一泳ぎという考えはとても良い考えに思えました。ところが二人共
   水着を持ってきていません。そこで、ホテルの売店で物色しようと言うこ
   とで出かけたのですが・・・。まず、ウインドウには水着はどこにも見当
   たりません。で、お店の人に聞くと奥の方から取り出してきてくれたので
   すが・・・。二人とも”う〜〜ん”と唸ったきり声が出ません。
   サイズは大きいし、なんとも旧式のえもいわれぬ水着でした。
   もともと、イスラムでは女性が水着になるなどとはもっての他ですから、
   水着など売っていなくて当たり前と言う事なのでしょう・・。
   結局は、近くにあるアメリカ系のホテルのアーケードまで出かけて、水着
   を手に入れましたが、複雑な気持ちではありました。
   水着を必要としない国へお邪魔して、わざわざ水着を買い求めて・・・。
   と、言うのは果たして良いことなのでしょうか? 
   考えてみれば、日本だってつい50何年か前までは同じだったのではない
   でしょうか?すべてが西欧化していく中で私達は何かを見失ったのかもし
   れません。あれから、もうずいぶんの年月が過ぎています。今なら水着も
   簡単に手に入るのかもしれませんね。

                                         2000/01/13

 
 

 

 

 

 

 

国境の港アルヘシラス 

    スペインへの旅行の最中でした。南の端アルヘシラスと言う街から船で
   30分ほどてモロッコへ入れると言う話を耳にし、少し足を伸ばしてみる
   ことにしました。街の旅行代理店で見つけたモロッコへの一泊旅行に申し
   込み出発の前日は、アルヘシラスの港が見えるホテルへ泊まることにして
   夕暮れ時にアルヘシラスの街へ到着して早速ホテルへ。
   10月だというのにまだ夏の日差しを残した町は、いままで見たスペイン
   の町並みとはどこか違う侘しさと正反対の活気がありました。
   夕食はホテルで済ませ、明日の船の出発場所を確認がてら、お散歩にでま
   した。ホテルとは目と鼻の先ほどの距離でしたが、歩いてみると少しあり
   そうで、お散歩には持って来いの距離ではと思い気軽にでかけたのですが
   船着場の待合室に着くと丁度その日最終の船が着いたところでした。
   出口は2つあり、一つの出口を通り抜けてくる人たちは、一様に大きな麻
   布でできた袋や、一杯に膨らんだカバンを少なくとも一人が二つづつは持
   ち、荷物を引きずりながら降りてきます。もう一方の出口からの人達は、
   スーツ姿、あるいは旅行用の軽装で身軽なものでした。片方はモロッコか
   らの移民または、一時帰国を終えての再入国の人達、もう一方はそれ以外
   の人達だということでした。高速艇ならわずか30分の距離ですが、こん
   なにも違うのかと思うほど両者の姿には違いがありました。
   イスラムの教えに基づくものなのでしょうが、男性は白っぽいフードの付
   いた、かかとまであるたっぷりした、袋状の衣服、女性は、目だけを出し
   て身体全体を覆い隠した衣服で、身に余るほどの荷物と時には子供連れで
   歩いて港を出て行きます。片や軽装であるにもかかわらず、港に止めた車
   やタクシーで消えていきます。
   生きるために、より良い生活のために、生まれ育った土地から、渡ってき
   た人達の、ある種の寂しさと、明日への希望が、この街へ足を踏み入れた
   時に感じた、侘しさと、活気だったのかもしれなません・・・。                       
                                            続く・・・  

                                         2000/04/13

 
 

 

 

 

 

 

メジナで迷子? 

     翌日は快晴。高速艇でいざ、モロッコへ。と言っても、普通のコースは
   カサブランカとか、マラケシとかだけれど、私達は思い立って一泊だけの
   ちょっとだけツァーだっため、高速艇のつく港からすぐの街。
   高速艇を下船したところで、現地のガイドさんが待っていてくださいまし
   た。ガイドさんは60前後の白いお髭をたくわえた方で、フード付きの白
   い木綿の全身を覆ういでたちでした。そう、まるで、アニメの”ゲゲゲの
   鬼太郎”に出てくるねずみ男のような衣装。10月も半ば、強すぎる日差
   しから身を守るには最適のようでした。ツァーは私達以外はほとんどが、
   アメリカ人、しかも一つの団体のようで、賑やかに始まりました。まずは
   手始めにメジナヘ。街の中心地で外敵の侵入を防ぐための工夫が凝らされ
   ていてまるで迷路です。ガイドさんに、決してはぐれないように、と言わ
   れていたのに、歩いているうちに小さい子供達のお土産売りに囲まれて、
   無碍に振りきることもできず、右往左往しているうちに・・・。
   日本のツァーと違って、はぐれるのは自分の責任。慌てて、捜してみたも
   のの、いよいよ迷路にはまっていくばかり・・。あわや、と言うところで
   友人の姿を見つけ、慌ててグループに復帰しました。その間わずか10分
   か20分で、グループは私がはぐれた場所のすぐ傍のお土産屋さんにいた
   そうです。メジナはほんとうに細い路地で、いたる所に同じような、お店
   が並んでいて、螺旋のよう、ぐるぐると同じ所を回っているつもりが、気
   づけばメジナの外へ出てしまう構造になっているそうです。
   昼食も終わり、小さな街のひととおりの観光も終えてホテルへ到着して、
   びっくり・・。なんと午後2時から6時までは断水とのこと。  
   ガイドさんから特に注意もなかったし・・、お部屋に館内の案内と一緒に
   説明下記が置いてあっただけ・・。気づかずにお手洗いを利用していたら
   困ってしまうところでした・・。あとで聞いた話では、もともと観光の通
   過地点でさほど長い滞在の観光客はいない街で、観光客用に特別に設備さ
   れているリゾート地にあるホテルとは対応も違うとのことでした。
   断水は更に夜にもおよび、午後11時行こうは翌朝まで断水とのことでし
   た。それでも、一般の家庭よりは断水時間は短いらしかったのですが、普
   段余程のことがない限り水のない生活を経験することのない私達には、少
   し不自由で、貴重な体験でした。 
                                            続く・・・

                                         2000/04/20

 
 

 

 

 

 

 

夕食はフレンチ?! 

    ホテルのお部屋で一息ついてもまだ3時すぎ、断水ではシャワーを使う
   わけにも行かず。ロビーにあるカウンター・バーで休憩しながら、街の様
   子をバーテンのお兄さんに聞いてみたところ、歩いていけるところに、地
   元の人が集まるカフェなどが並んでいる所があるというお話。今夜の夕食
   のレストランでも探しに出かけることにしました。
   炎天下、歩くこと15〜20分、街の様子を楽しみながらでしたし、たど
   り着けばカフェでお茶も飲めるかな?と思えばさほど苦にもなりませんで
   したが、だんだん通りが賑やかになるに連れて・・・。
   だぶんホテルで教えて頂いたあたりに差し掛かったらしく、オープンカフ
   ェも並んでいました。が、どうも様子が変・・・。 
   どうも、視線が私達に集中しているようです・・・。カフェに座った人達
   の視線がどれも、一旦私達の上で止まり、離れていかないそんな居心地の
   悪さがありました。それに、通りにも、カフェにも、女性の姿がほとんど
   ないのです。それでも、しばらくはあちらこちらを見てはいたのですが、
   あまりの居心地の悪さと、そんな視線の中カフェに入る勇気もなく、ほう
   ほうの体でホテルへ帰って来ました。
   考えてみれば、観光地でもなく、イスラムの教えの行き渡った町を、女性
   が二人、イスラムの女性はめったに見せることのない、髪の毛を覆うこと
   もなく、しかも所謂男性の場所である、歓楽街を堂々と歩いていたわけで
   私達に向けられた好奇の視線の訳は、そう言った習慣をないがしろにして
   ズカズカと入り込んだ私達にあったのでした・・・。
    そして、その夜、たまたま知り合ったホテルの宿泊者の方に勧めていた
   だいたレストランでまたびっくり!その方はモロッコの方で現在はフラン
   ス在住で、お仕事でよく行き来されるとのこと。昼間頂いたモロッコのお
   料理は、翌日また昼食で頂くことになっていたので、夕食はその方のお勧
   めのフレンチレストランへ出かけました。
   そこは、モロッコなのに、フランスでした。ワインも、お水も、お料理も
   フランスのちょっとしたレストランでも、とても味わえないほど、おいし
   くて、室内の内装から食器、ウエイターの物腰までがフレンチ。
   そこは、さながら小さなフランスでした。
   お客はほとんどが白人、もしくは、町では見ることのなかった、いかにも
   有力者らしい地元の方。もともと、イスラムの教えでは、お酒は禁止。
   けれどもここではそんな事は無関係で、現地の方たちも、アルコールを楽
   しんでいらっしゃったし、本来11時になると断水するはずの水道も、
   この小さなフランスでは関係ないようで、遅くになって店を出る時もお水
   は使えていました。連れていって下さった方のお話では、そのレストラン
   はかなり歴史のあるレストランで、他にもいくつも、現地の普通の方は入れ
   ないレストランやバーなどがあるということでした。
   もちろん。私がかの地を尋ねたのはもう何年も前のことで、今はそう言っ
   た事はないのかも知れませんが、当時、私達はその事実に目を見張ると
   同時に、長く植民地の支配者として君臨してきたその利権が未だそこに
   あることになんとも言えない気がしました・・・。

                                            終わり。  

                                         2000/04/27

 
 

 

 

 

 

 

British Railの旅 Part1 

     日本のJRに当たる鉄道がイギリスではBR(British Rail)です。
   普通列車、長距離用の特急、寝台車などほとんど日本と同じですし、時間
   も割と正確です。私は利用したことはないのですが、寝台車の個室は洗面
   台などもついていてかなり快適だということです。また朝にはお茶のサー
   ビスもあるとか、日本よりはのんびりしていて、イギリスらし感じですね。
   私が旅行に利用したのは、もっぱら長距離用のインターシィティという列車
   ですが、こちらも座席も快適で、四人掛けのシートの真中にはテーブルが
   ある列車もあり、なかなか利用しやすいものです。
   ファーストクラスとセカンドクラスの二通りがありますが、さほどの違い
   はない様に思いました。面白いのは、指定席で、日本と同じように前もっ
   て予約して指定席を購入するのですが、列車そのものには、指定席の車両
   と、自由席の車両に区別がありません。指定席を購入した人の数だけ、座
   席の背もたれに、リザーブドと書かれて番号のついた紙が挟まれています
   指定席を買い求めた人は、その紙にかかれた番号をたよりに自分の席を探
   して座り、それ以外の席は自由に使えます。日本の新幹線のような混み様
   を見せることはほとんどありませんが、自由席はいっぱいで、立つ場所に
   も困るくらいなのに、指定席車両には空き席があったりする日本の列車に
   比べると、結構合理的なシステムだと感心したものでした・・。
   ローカルと呼ばれる普通列車は車両も古いものが多く、乗ってみなくては
   解り難いかもしれませんが、座席の隣に出入り口があり、列車が止まった
   ら自分で、扉を空けて降りるなどと言う車両もあります。古くても使える
   家は使うこれも、合理的といえば合理的なのかもしれません。
   けれど、人の間をすり抜けて、重い扉をあけて、降りるというのは、なか
   なか面倒で、ともすれば、降りるチャンスを逃してしまいそうで、結構
   スリルもありましたが・・・。

2000/07/27  

 
 

 

 

 

 

 

British Railの旅 Part2  

     長距離列車の出発駅は、その方角によって駅が違い、まず下調べは
   そこからスタート。私が利用した一番長い列車はロンドン⇒エジンバラ⇒
   インバネスでしたので、そのお話を・・・。
   まず、北へのスタート地点は、Kings Cross駅、BRの始発駅はどこもそうで
   すが古く、重々しい旅のスタートを感じさせてくれます。
   改札はなく(切符は、列車が動き始めてから検察にきます)、自分で乗る列
   車のホームと出発時間を確認して、乗りこみます。しつこいくらい、アナウ
   ンスや、電光掲示番の案内のある日本と違って、あっさりとしたものです。
   乗り間違えるのも、乗り遅れるのも個人の責任と言ったところでしょう。
   私はとっても不安で、列車に乗る前に必ず、駅員さんに切符を見せて、正し
   いかどうか確認していましたが、まれにはそれでも間違うこともあり、やは
   り最後は、出発前に運転手さんを捕まえて聞くのが一番のようでしたが・・。
   長距離特急の列車の中は快適です。エジンバラまでは約4時間、もちろん
   車内販売などはありません。飲み物等は持ちこみOKですので、車窓に広
   がる景色を眺めながらの快適な旅でした。エジンバラで数日を過ごした後
   又列車で約2度間インバネスへ移動しました。季節は夏。スコットランドは
   一年で一番美しい季節です。車窓に広がる景色は、高い山が少ないせい
   で、どこまでも広がり、目を楽しませてくれます。インバネスまで後半分とい
   うあたりで、景色はさらに開け、あたり一面にヒースの湿原が現れました、
   うす紫の小さな花をつけたヒースが視界一面に広がり、まるで、うす紫の
   絨毯が敷かれたような大地が続いていました。
   その景色の美しさに目を奪われていたその時列車は徐々にスピードを落
   とし、やがて一面ヒースの湿原の真中で止まってしまいました。
   驚くまもなく、アナウンスが流れ、"スコットランドの夏をどうぞ楽しんでくださ
   い。5分間の停車します。と言うアナウンスがありました。
   もちろん列車から降りることはできませんでしたが・・。やがて、静かに動き
   はじめた列車の窓から遠くなっていくヒースの湿原を名残惜しく見ながら、
   なんとも言えず、幸せなき持ちになっていました。もちろん、定刻よりほん
   の少し列車は遅れて駅に到着しましたが、心行くまで、列車の旅を楽しむ
   ことが出来た満足感の方が大きかったのは言うまでもありません。私達の
   隣に座っていらしたのはビジネスの旅行の男性で急いでいらしたようでした
   が列車が停車した時私達に、”綺麗なイギリスを見られて良かった”と笑っ
   ていらっしゃいました。とてもあたたかな、列車の旅でした。

2000/08/03  

 
 

 

 

 

 

 

Land's End  

     ランズ・エンドはイギリスの南の端、つまりは最南端です。南と言って
   も正確には南西で西の端とも言えるのでしょうか?
   特に有名な観光地でもないのですが、”地の果て”と言った意味合いにも
   とれる地名に惹かれて出かけて行きました。
   とは言っても、さすがは地の果て、ロンドンから西の終着駅までは列車で
   約6時間の旅です。ランズ・エンドの手前には、ダートムーアとスコーン
   のクリームで有名なデボンがあり、海岸線沿いにはイギリス人の夏の観光
   地、セント・アイビスなどもあると言うことで途中より道をしながらの旅
   でした。
   1日に何本かしかないバスでランズ・エンドへ向かい、バスを降りてから
   は徒歩10分くらいでしょうか。駐車場の横を通りぬけると、イギリス特
   有の暗い海が見えてきます。時は4月末くらいまだまだ冷たい風が吹いて
   いました。岬というほどでもないのですが、岩場が続き、その端にカフェ
   と、お土産屋さんがあるだけ。そして、その岩場の最南端(最西端)に
   ”Land's End”と書かれた札が立っていました。
   岩場は崖と呼んでも良いくらい険しく、それでも柵も何もありません。
   その下へ、降りていくのも自由、でも、帰って来れないのも自由のようで
   した(^^;)
   他に見るものと行ってなにもなく、見えるのはただ海と、風と、波ばかり
   カフェでは丁度結婚式の後のパーティが行われていて、土地の人達の素朴
   な喜びが暗い海の色と対象的でした。
   花嫁さんの幸せそうな笑顔を見ながら、暖かいお茶を頂いて、帰りのバス
   に向かいました。
   その昔この地が”Land's End”と名づけられた頃の英国に思い馳せること
   の出来た時間でした。

2001/03/15  

 
 

 

 

 

 

 

コッツウォルズ(Cotswolds)  

     旅行というほどのものではありませんが、週末の遠出の日帰り旅行。
   お友達の車に便乗して、ロンドンから西に200km、約3時間の距離
   にある田舎町コッツウォルズを訪れたのは寒い寒い季節でした。
   もともと古英語で「ひつじ小屋のある丘」と言うのがコッツウォルズの謂れ
   だと言うことですが、その昔羊毛産業の盛んだった頃にちなんでいるとい
   うことです。当時の裕福な商人達が建てた家々が今も点在していて、ライ
   ム・ストーンを使った家は趣のある蜂蜜色で風情のある景観です。
   イギリスは田舎が良いとは良く言われる言葉ですが、ほんとうにイギリス
   らしい風景でした。ロンドンの喧騒とは程遠い時の流れがそこにはあるよ
   うで、不思議な気持ちでした。
    余談ですが、今年封切りの映画ハリーポッターのホグワーツ魔法学校
   のロケは、コッツウォルズの近郊グロスターシャーのグロスター大聖堂で
   行われたそうです。小説を読まれた方はお分かりかもしれませんが、11
   世紀に建てられたグロスター大聖堂はまさに魔法学校に相応しい雰囲気
   を身に纏っています。作者のJ.K.ローリングはグロスターシャーとウェール
   ズの境近くディーンの森(Forest of Dean)の生まれということですので、
   正に作者の想像する舞台に相応しいのではないでしょうか。
   私自身も小説を読んだ時に思わずイギリスのBRの駅を思い浮かべ、
   深く広がるダート・ムーア(グロスターシャーではありません)が見えたよう
   な気がしました。
   古き良き時代のイギリスは今や、お話の世界になりつつあるのかもしれま
   せんね・・。   

2001/11/15  

 
 

 

 

 

 

 

 

リーズ城(Leeds Castle)  

     かのコンウェイ卿が”世界で一番愛らしい古城”と呼んだといわれる
   リーズ城を私が訪れたのは水仙の花が満開のまだ寒い頃でした。
   ロンドンからは車で約1時間〜2時間の距離、イギリス北部になるのでし
   ょうか?もともとはリーズ卿が建てた木造のものだったそうですが、11
   世紀に現在の石造りのものに変わったと言うことです。
   お城の周りを取り囲むような小川(?)、お堀(?)の回りは冬でも青々と
   した緑で、水辺の水仙の黄色が美しく映えていました。
   どこから入るのかなぁ?と思っていたら小さなアーチをくぐった地下の扉で
   した。扉を抜けるとそこはワインの貯蔵庫・・・。もちろん当時の入り口と
   は違うのてしょうが趣があってなかなかのものでした。
   イギリスは建物を見に行ったつもりでも、いつも楽しませてくれるのはお庭
   なのですが、ここも例外ではありませんでした。
   お城の中もさることながら、世界で一番愛らしいお城と呼ばれる所以は、
   やはりそのお城をとり囲む風景とお城がとても良く似合っていることでした。
   見渡す限りの緑の中に、水面を眺めるように覆っている水仙、そして、
   その中に浮かんで見うるような石造りのお城、なんと風情があります。
   そして、お城から出るとそこには大きなイチイの木で作られたという、迷路
   があります。迷路の中央にはギリシャ神話の中の貝や化石で作られた生
   き物達がいました。なかなか通り抜け困難な迷路で、わかっていても、森
   に迷い込んだ古代の人達の気持ちがまだ生きている、そんな気がしました。
   ロンドンの町並よりも、博物館よりも、もっともっと物語りで知る英国が、
   そこここにあるお城だったような気がします。

2001/11/22  

 
 

 

 

 

 

Bath Part1  

     バースはイギリスでは有名な観光地。
    読んで字の如く温泉のある町です。
    ロンドンからはブリティシュ・レイルのパディントン駅から列車で約一時間
    日帰りのお出かけには最適の場所で、お友達とその日の朝地図を見
    ながら選んでフラリとでかけました。
    街の見所はやはりThe Royal Crescentと Roman Bath。
    Roman Bathは今はもちろん温泉としては利用されてはいませんが、
    今なお温泉は健在です。
    温泉の水を飲んでも良いそうですが、その深みのある色合いの温泉を
    見た後でしたのでちょっと飲む勇気はありませんでした(^^;)
    温泉はその昔、シェイクスピアの物語にも登場するブラダッド王子がたど
    りついたと言われ、その後ローマ人によって浴場が建設されたそうてす。
    その後18世紀頃にジョージア王朝の美しい建物が並びはじめ、北の
    フィレンツェとも呼ばれたとか・・・。
    確かに、流れる川にかかった橋の上に並ぶマーケットや町の様子は
    イギリスでありながらイタリアの風を感じさせます。
    けれど、The Royal Crescentと名づけられた左右対象の美しい曲線を
    描いたバース・ストーンの建物はとてもイギリスらしい建物でもありました。
    設計者である、ジョン・ウッドはイタリアのローマのサン・ピエトロ広場の
    回廊からヒントを得たということですが・・。
    季節は秋まだ浅い頃、色づきはじめた木々と、緑の芝生にふりそそぐ
    柔らかな日差しに彩られたThe Royal Crescentは当時の著名人が競って
    住居を求めたのが頷ける風景でした。

2002/04/30  

 
 

 

 

 

 

 

Bath Part2  

       さて、日帰りとはいえ見知らぬ土地を訪れたら楽しみなのは土地の
    食べ物とお土産(^^;)
    まずは、マーケットでブラブラアンティークなどを覗きながらお買い物、
    街の中ほどにレースの素敵なお店がありました。
    どの観光地もアンティークのお店はイギリスではつきものですが、
    アンティークレースはバースに多かったような気がします。
    あとは、The English Teddy Bear Company テディ・ベアのお店なのですが
    それはそれは高価なクマさんもいてびっくりでした(^^;)
    こじんまりしていて、とてもお買い物しやすい街だったように思います。
    歩きつかれたところで、カフェへ・・・。
    何軒か覗いて入ったのですが、どのお店にもあったのがBath Buns。
    見た目はパンです(実際もパンでしたが・・・)
    大きさはまちまちですが、かなりおおぶり。
    私達が選んだカフェは特に大きかったのか、3人で入ってお茶とBath Buns
    3つと頼んだら、カフェのおばさまは私達3人を上から下まで見て、笑って
    ”2つにしましょ”って言われてしまいました。
    なんで?と思いながらも足りなかったら追加すればいいか、なんて思って
    いましたが、とんでもない。
    顔の大きさほどあるパンが出てきて私達も納得でした(^^;)
    お味は甘めの生地にシナモンの香りでなかなか美味しいパンでした。
    イギリスでカフェにある食べ物といったら・・スコーン、ビスケット
    ペーストリー、甘い甘いケーキが定番。
    ほんのり甘い、焼きたてのシナモン風味のパンは新鮮でとても美味しく
    感じました。
    もちろん、その顔の大きさほどあるBath Buns、しっかりお土産に買って
    帰りました。

2002/06/27  

 
 

 

 

 

 

 

 

レイキャヴィーク Part1  

     私がアイスランドを訪れたのは、その名もふさわしい雪と氷の季節3月
   でした。3月も末のこの時期一応は冬も終わり春ではあるのですが・・。
   ロンドンから飛行機で約2時間半、やはりイギリスは北にあるんだなぁ
   と感じる距離でした。
   週末を利用したわずか4日ほどの旅行で、しかも季節が氷の季節であった
   こともあり、観光はレイキャヴィークとその周辺のみでした。
   もともと、雪の少ない地方に育った私、空港からホテルまでの雪と氷の
   世界がとても美しく感じられました。
   外の寒さとは別世界のような快適なホテルの暖かさと豊富なお湯は私が
   一番驚いたことですが、ガイドさんのお話では、アイスランドは暖房は
   すべて温泉でまかなわれているとのこと。冬の間はお湯不足にしっかり
   お風呂に入れないイギリスと違ってとっても嬉しいお話でした。
   もともと、アイスランドはノルウェ−の圧政を逃れてきたヴァイキングが
   移住し、建国したと言われるお国、イギリスの先祖がヴァイキングの血を
   受け継いでいるせいか、”SAGA”と呼ばれる大長編の中世歴史物語は、
   アイルランドやイングランドの民話のお話ととても良く似ている気がしま
   した。日本の文化と中国・モンゴル・韓国などが近いように、ヨーロッパ
   もまた、同じ文化圏であると感じたものでした。

2001/07/12  

 
 

 

 

 

 

 

ブルーラグーン

     さて、待望のレイキャヴィーク周辺の観光、まずは、3〜4分毎に30m
   の高さまで噴きあげるゲイシール(間欠泉)ストロックル、温泉というよ
   りは熱湯のようなお湯で、雪深い中でその周りだけは地面が見えていて、
   湯気に包まれています。不思議な光景でした。
   レーガンとゴルバチョフの首脳会談会場ヘフジー・ハウス等を見学し、
   ツアーの目玉「ブルーラグーン」へ到着、地下2000mから沸きだす豊富な
   ミネラルを含んだ温泉を溜めた礁湖のブルーラグーンは、隣接するスヴァ
   ルトセンギ地熱発電所のポンプから汲み上げられ、人工的に造られた露天
   風呂です。雪の中に突如現れた、真っ青な湖のような温泉からは遠目にも
   わかるほどの湯気が立ちこめています。
   外は零下、簡単なロッジのようなレストハウスで水着に着替えて、温泉へ
   なのですが寒さが半端ではありません。
   わずか、10m足らずですが思わす走ってしまいます。
   温泉の中は底が、温泉に含まれるミネラルで真っ白です。また温泉の中ほ
   ど所々には、ミネラルが固まってできたと思われる岩のようなものもあり
   ます、とりあえずツルツルすべって大変でした。
   雪に囲まれた温泉は日本にもたくさんありますが、雪また雪の中に突如現
   れる真っ青な南国の海のような景色はそれだけで一見の価値がありました。   

2001/07/19  

 
 

 

 

 

 

 

アイスランド中華  

     レイキャネース半島の印象的な溶岩地帯や半島の突端の灯台へのドライ
   ブも経験しましたが、山のような大きさの波が打ち寄せる様は、自然の
   地からを残分に感じさせてくれるものでした。
   さて、観光も一段落、このあたりで街の様子も見てみたいと思い、友人と
   ホテル近くのショッピングセンターへ出かけました。
   不思議なことに、この街はほとんどが白人で有色人種を見かけるのはほん
   等にまれなことでした。
   ロンドンでは生粋のイギリス人の方が割合が少ないのでは?といった風景
   でしたので、どこを見まわしても有色人種は私達だけと言うのも、結構お
   もしろい体験でした。
   一回りショッピングセンターの中を見ながら、お土産を物色し、お昼時に
   なったのでレストランを捜していると、なんと館内に1軒だけ中華料理が
   ありました。アイスランドの食べものはそれはそれで美味しかったのです
   がちょっと塩味も濃く、このあたりで違う物を食べたかった私達は、喜ん
   でチャィニーズレストランへ急ぎました。
   確かに中華でした・・・。
   ただ・・・、なんとも不思議な中華です。
   ロンドンには、大きなチャイナタウンがあり、結構本格派中華に慣れてい
   たのですが、確かヤキソバ風のものを頼んだのですが、出てきたものは
   グラスヌードル。しかも味付けはアイスランド風の塩味・・・・。
   所変われば中華も変わるようです(^^;)

2001/07/26  

 
 

 

 

 

 

 

市民プール  

     どこへ言ってもそうなのですが、旅行地で一度は土地の人達ばかりが
   出入りする場所へ行ってみたいと思い、ホテルのフロントで聞いた所、
   市民プールを勧めていただきました。
   市民は無料ですが、料金を支払えば旅行者でも利用できるとの事でしたの
   で、早速出かけてみました。
   料金は忘れましたが、ほんのわずかで、タオルや水着などもレンタルのも
   のもありました。更衣室や休憩する場所なども日本の市民プールなどから
   は想像もできないくらい綺麗で清潔でした。
   さて、時は3月当然屋内プール想像していた私達は、着替えて出てみて
   びっくり、全部屋外でした。
   プールは全部で3つか4つでした。一つは競泳用のレーンのあるもの、
   浅い子供用、ジャグジー風のものとあと一つあったような・・?
   そして全ては温泉を利用してあり温水でした。
   子供用は覚えていませんが、大きいレーンのあるプールの水温は低く、
   と言っても、25℃くらいはあったと思うのですが、とても寒空に入る
   気にはなりません、気持ちはみんな同じと見えて、だぁ〜れも泳いでは
   いませんでした。
   で、みんな何をしているかといえば、ジャグジー風、と言うより温泉風
   のプール(お湯が流れていました)でくつろいでいました。
   そこだけは水温(?)も高く丁度いいお湯。
   と言うことで、私達もその仲間にいれていただき、温水プールならぬ、
   温泉を楽しみました。もちろんそこでは有色人種は私達だけ、言葉も違
   うし、不思議な顔をして見る方もありましたが、皆さん優しげでした。
   着替えてロビーで休んでいる頃雪が降り始め、ホテルまでどうしようか
   と相談していた時、プールで一緒だった子供に出会いちょっと遊んでも
   らっていたときにお父さんが現れ、”雪が降ってるから送っていこうか”
   とのお申し出を頂き、ご好意に甘えてジープに乗せていただきました。
   お互い片言の英語でしたが、旅の終わりに相応しい暖かい時間でした。

2001/08/02  

 
Back

 

イギリス編 旅行編 留学編 投稿編 Index